カテゴリー別アーカイブ: イエズス会社会司牧センター(東京)

カトリック教会は環境問題のニューカマーなのか?

―教皇フランシスコの新回勅『ラウダート・シ』に寄せて―
安藤 勇 SJ、イエズス会社会司牧センタースタッフ、移民デスク担当
【社会司牧通信184号2015年8月15日】

 1993年以来、数千人の科学者と世界各国の代表者は、地球温暖化について話し合うための会議を継続して行っています。今年もまた、第21回目となる、国際共通課題である気候変動とどのように戦うかの協議がなされます。大部分の科学者は、自然災害は主に人間の活動によって引き起こされると思っています。
ですから、6月18日に教皇フランシスコが環境問題に関する回勅『ラウダート・シ』を発表したことは、さほど驚くことではありません。
実際、教皇ヨハネ・パウロ2世は1990年の「世界平和の日」メッセージの中ですでに、「全人類の責任としての生態系の危機」を強調しました。創造への配慮は、「キリスト教信仰の本質的な部分」なのです。
バチカンにおいてエコロジーの議論が始まった明らかな転換点は、4800枚のソーラーパネルがバチカンの建物に設置された、2001年のことでした。そしてまた、2008年には、ハンガリーに「バチカン気候林」がつくられました。教皇ヨハネ・パウロ2世も教皇ベネディクト16世も、環境危機に対する強い声明を出し、人間が自然に対して独裁者のように振る舞うのではなく、創造された大自然に配慮する必要があると強調しました。エコロジーは教会の中で大きな風潮となっただけでなく、21世紀の社会的、政治的な最も大きな問題の一つになりました。

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しかしながら、教皇フランシスコは重要な変化をもたらしました。現在に至るまで、環境悪化は公文書の中で、主に二次的な問題でした。けれども回勅『ラウダート・シ』の発布によって教皇フランシスコは、創造への配慮を教会生活の中心に据えた、初の教皇となりました。この文書は、13世紀の聖人、アシジの聖フランシスコの著作からインスピレーションを得ており、回勅にも多く引用されています。教皇はまた、正教会のエコ神学や、世界の18の司教協議会の公式声明も参照しています。その中には、日本を含めたアジア諸国の司教協議会も含まれています。ヨハネ・パウロ2世とベネディクト16世もまた、新回勅にはしばしば引用されます。これは、環境問題に関する教会の教義の連続性を証明しています。
この回勅は、カトリック信者だけでなく、すべての善意ある人々へ宛てられています。それには、地球温暖化を抑える決定のできる政府や企業が含まれています。教皇の言葉は、人間の活動がどれほど環境問題(気候変動、森林伐採、大気汚染、生物多様性の喪失などを含む)を生み出しているかについての分析に基づいています。私たちの地球は、愛の神である創造主の業です。地球はすべての人のための共通の家であり、金持ちや権力者のためだけのものではありません。地球は大切にされなければなりません。
それに加えて、貧しい人々は特に、環境への無責任さの結果である自然災害の被害を受けやすいので、教皇フランシスコは貧しい人々の暮らしを優先する必要性を強調しています。それはすでに出された彼の使徒的勧告『福音の喜び』と同様です。

エコロジー危機の解決策を探すカトリック教会
たとえ、教会に地球温暖化についての明確な見解がないとしても、教会は気候変動についての対話を始めなければなりません。なぜなら私たちの共通の家である地球は、深刻な荒廃に陥っているからです。希望をもって、必ず出口が見出せます。つまり私たちの歩みを向き直し、問題解決のための何かを行うことができるということです。しかし、私たちは現在、事態が極限状態に達しているしるしを見ることができます。実際のデータも専門家の結論も、変化と悪化の急速なペースを示しています。現在の世界システムは、様々な点から見ても、間違いなく持続不可能です。なぜなら、私たちが人間の活動の目的について考えることを止めたからです。「人類は、神の期待を裏切りました」。
必要なことは、先見の明があり、危機の様々な側面を扱うための新しい、統合的な、学際的な取り組みのできる政治行動です。真の変化のための戦略は、プロセスを完全に再考することを要求します。健全な政治は、この挑戦に取り組めるようになる必要があります。政治と経済には、貧困と環境悪化についてお互いを非難し合う傾向があります。政治と経済が自らの過ちを認め、共通善に向けた相互関係の形を見出せることが望まれます。

環境教育
「エコロジー市民」を育てるには、エコロジー倫理を発展することのできる教育者、つまり連帯、責任、思いやりのある世話によって人々の成長を助けることのできる教育者が必要です。種々の法令が存在するだけでは、長い目で見れば、悪い行いを抑制するには不十分です。健全な徳を養うことによってのみ、人々は消費習慣とライフスタイルの変化に関して、エコロジーへの客観的な献身ができるようになるのです。

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創造と創造主について
私たちは、人間と自然の間の相互の責任関係を訂正しなければなりません。私たちは神ではありません。地は私たちよりも前から存在し、私たちのために与えられました。ユダヤ・キリスト教思想、つまり地に対する「支配権」を人に与えるという創世記の記述に基づき(創1:28参照)、本来制御できない破壊的なものとして人を描くことにより、人が自然を際限なく搾取することを支持できるとされてきました。ところがそれは、教会が理解しているような正しい聖書解釈ではありません。私たちキリスト者が時々誤って聖書を解釈したことは事実ですが、今日、私たちは神の似姿として創造され、地に対する支配権を与えられたことにより、他の創造に対する絶対的な支配が正当化されるという概念を、きっぱりと拒絶しなければなりません。

テクノロジー対人類の進歩
人々はもはや、幸せな未来を信じることができません。科学や技術の進歩を、人類や歴史の進歩と同一視することはできません。文化の大胆な革命を推し進める必要が膨らんでいます。科学も技術も、中立ではありません。私たちはスピードを落とし、現実を異なる方法から見る必要があります。
進歩の新しいモデルを生み出すために、「グローバル開発モデル」を変化させる必要があります。そしてそれは、経済の「意味」と目的について、責任ある考察を必要とするでしょう。中途半端な方法では、単に不可避の災害を遅らせるだけです。それは、進歩についての私たちの概念を再定義する問題です。よりよい世界を残さない技術や経済の発展を、進歩とみなすことはできません。

私たちの現在のライフスタイルの反省
ライフスタイルの変化は、政治的、経済的、社会的権力をふるう人々に対して、大きな圧力を与えることができました。消費者運動が特定の商品をボイコットすることで、それを達成できます。彼らは、企業のやり方を変化させ、環境足跡と商品パターンを強制的に考慮するように成功しました。社会的圧力が企業収益に影響を及ぼすとき、企業は異なる生産方法をきちんと見つけなければなりません。このことは、消費者の社会的責任感がかなり必要であると示してくれます。
企業利益や消費主義サービスへの人為的介入は、しばしば私たちの地を豊かで美しいものとはせずに、むしろ乏しく灰色なものにしていきます。

自然と人間の堕落
人間の堕落の原因。人間環境と自然環境は、ともに悪化していきます。これは、最も傷つきやすい人々に影響を及ぼします。不平等は、個人だけでなく、国全体にも影響を及ぼします。国際関係の倫理が考慮されなければなりません。真の「エコロジー負債」が、地球の南北間に存在しています。それは環境に影響する商業的不均衡や、特定の国による長年にわたる自然資源の不相応な使用に関係しています。貧困国の対外債務は、その国をコントロールする手段となりました。けれどもなお、エコロジー負債に関するところでは、そうではありません。生物圏の最も重要な保護地のある発展途上国は、様々な方法で、自らの現在と将来を犠牲にして、豊かな国の発展のために資源を提供し続けているのです。

エコロジー回心
エコロジー危機は、深い内的回心を呼び起こします。実用主義を口実に、一部の熱心なキリスト者は、環境問題を嘲笑する傾向があります。他の人々は消極的で、習慣を変えないことを選びます。「エコロジー回心」が必要です。アシジの聖フランシスコを想い出して、私たちは創造との健全な関係が、個人の全体的な回心の一面であると理解します。そしてそれは、私たちの過ちと失敗の認識を引き起こし、心からの悔い改めと、変化への望みへと導きます。

普遍的共同計画
相互依存関係は私たちに「共同計画を伴った一つの世界」について考えさせます。それでも、技術のすさまじい進歩をもたらした創意工夫は、世界規模の重大な環境・社会問題に効果的に取り組む方法を見つけることはできませんでした。グローバルな一致が、深い問題に向き合うためには欠かせません。個々の国の単独の活動では、解決することができないのです。このような一致は、例えば、持続可能で多角的な農業計画、再生可能で汚染の少ないエネルギーの開発、エネルギーのより効果的な使用の推奨、海洋・森林資源のよりよい管理の促進、そして皆がアクセス可能な飲み水の確保などです。
私たちは、空気を大いに汚染する化石燃料(特に石炭や石油、ある程度にガス)に基づいた技術が、速やかに、次第に取って代わられる必要があることを知っています。政府も企業も、私たちの世界が直面している緊急の課題にきちんと反応するのが遅すぎました。工業化後の時代は歴史上、最も無責任な時代の一つとして記憶されていますが、それでもなお、21世紀初頭の人類がその重大な責任を寛大に担うために思い出されるべき、希望の根拠が存在します。世界中で、市民社会の多くの組織の努力のおかげで、エコロジー運動が目覚ましい進展を遂げました。

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結論:日本の私たちに何を教えるのか
これはまた、政府と大企業の間の密接な協力関係を優先する日本にとって、主要な政治・経済方針に挑むメッセージです。技術はますます、戦争や大規模軍事防衛システム構築のために用いられます。国の工業化を確保するための原子力エネルギー使用への依存は、強く残ったままです。このように、環境の安全と人口の貧困層は、深い影響を受けるのです。
消費は景気回復の鍵として歓迎され、お金は惜しげもなくばらまかれます。市場経済の勢力は、社会悪を解決するための最良のモデルだと考えられています。このように、現在の開発モデルはほとんど完全に、経済利益重視の観点に基づいているのです。
教皇フランシスコは、環境の重大な問題に対する意見を発表し、私たちは決して「神」ではないと強調しました。私たちは自然と同じように、神によって創造されたのです。神は私たちに、自然の賜物を与えました。それは自然を世話するためであって、私たちが好き勝手に搾取するためではありません。自然資源はすべての人のためのものであって、一握りの金持ちや特別な技術力をもった人だけのものではありません。地球は私たちの共通の家であり、そこには何百万人もの貧しい人々が、希望をもてずに暮らしています。共通善と非営利は、すべての人間の経済活動の目的でなければなりません。けれども、そうした道徳的、倫理的な価値観はどれも、私たちの国の公的な政治・経済計画には存在していません。
しかしながら、『ラウダート・シ』のメッセージは、私たちの地球を救う緊急の必要性がある普遍的な環境の危機に、深い関心を寄せています。例えば、地球規模の飢えや貧困、人口の貧困層に対するケアといった問題です。これらは、一般的な日本人の多くも、重要課題だと同意するものでしょう。人々はしばしば、日本の技術製品を享受しますが、それによってより幸せになっているでしょうか?
教皇は私たちキリスト者に、エコロジー回心を求めています。それによって、消費に「NO」と言うために、私たちのライフスタイルを真に大変革していくことができます。キリスト教信仰による道徳観に基づく正確な理解と確かな分析を求める、効果的な認識が必要です。

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募金キャンペーン – ロヒンギャとイエズス会難民サービス(JRS)のかかわり

東南アジア諸国は現在、ボートピープルの問題に直面しています。2015年4月末時点で、約8千人のロヒンギャが、上陸が許可されないまま、船に乗って海上を漂っています。5月20日、インドネシア政府とマレーシア政府は、ロヒンギャやバングラデシュ難民の上陸を許可し、彼らのためのシェルターを設置する決定を下しました。JRSインドネシアはすぐに、調査・対応チームをインドネシアのアチェに送り、緊急支援とロヒンギャのニーズを満たすための活動を開始しました。

Rohingya fundraisingJRSの総合的見解

ロヒンギャの人々は、かつてミャンマーのラカイン州に住んでいました。彼らは安全を求めて、ミャンマーからバングラデシュや、海を渡る危険を冒してまで、タイ、マレーシア、インドネシア、オーストラリアなどへと逃れていきました。けれども、それらの国においてもなお、彼らは法的身分をもっていないがために、送還やひどい人権侵害の問題に直面しています。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によって、難民とみなされているにもかかわらず、彼らは移住を無期限に待たされ続けています。地域の中で、どこを難民のための限定的な移住地とするかという政策があいまいだからです。アジア太平洋諸国の政府は、彼らに支援の手を差し伸べるべきです。領地の中にロヒンギャを受けいれる場をつくり、彼らの保護を保証しなければなりません。また、持続的解決策を見つけられるまで、UNHCRと共に、地域的なロヒンギャの保護体制を調整するべきです。その間、ロヒンギャの人々には移住資格が認められなければなりません。

 

JRSの対応

  • JRSインドネシアとJRSタイは、ロヒンギャの支援活動に携わり、地域の他のNGOとの間で起こることを監視し続けています。
  • 危機への対応は、拘束状態を改善するために、日々の食糧、衛生用品、毛布、マット、医薬品などの物的支援を行っています。
  • 医療支援を通じて、現地のカリタスとも協力しています。

JRSは、ロヒンギャのための募金キャンペーンをはじめました】

日本でのお問い合わせは、イエズス会社会司牧センターまで

寄付金の送付先

郵便振替:  00140-4-94839

加入者名: イエズス会社会司牧センター

通信欄に、「ロヒンギャ募金」と明記してください。

 

イエズス会社会司牧センター

電話:03-5215-1844 Fax:03-5215-1845

office@jesuitsocialcenter-tokyo.com

http://www.jesuitsocialcenter-tokyo.com

東アジアの移住

安藤 勇 SJ
【社会司牧通信178号2014年8月15日】

移住という現象は、現代では2億人以上の人々に関わる、世界的な人口移動です。1970年代に湾岸諸国で起きた石油ブームは、多くのアジア諸国で労働者たちが活発に移住するきっかけとなりました。絶対数として、中国、バングラデシュ、およびインドは、世界でもトップ10に入る移住国であると思われます。東アジアのフィリピンは約350万人もの移住者を抱えており、地域の中や外に移動する移住者にとって、今なお重要な起源国です(図1)。

graph 1 aug 2014
世界のトップ10の移住回廊地帯のうち、4つはアジア諸国に存在します。2005年には350万人もの移住者がバングラデシュ-インド間を利用しました。インド-アラブ首長国連邦間では220万人、フィリピン-アメリカ合衆国間では160万人です(世界銀行、2008年)。非合法移住はアジア地域の中でますます問題になってきています。バングラデシュ-インド間だけでも、約1700万人もの人々が関係していると思われます(図2)。

graph 2 aug 2014
教皇フランシスコの世界難民移住移動者の日メッセージ
2014年1月19日、世界難民移住移動者の日にあたって出されたメッセージの中で、教皇フランシスコはこう述べました。「私たちの社会は、これまでにない形で、世界規模で相互に依存し、関わり合っています」。

「私は今年の世界難民移住移動者の日のテーマを『移住者と難民、よりよい世界へ』としました」。「『よりよい世界』を築くとは何を意味するのでしょうか。このことばは、個人や家族の全面的な真の発展を求めること、そして創造物という神のたまものが確かに尊重され、守られ、育まれるようにすることを目標としています」。「教皇パウロ6世は、現代の人々の願望を次のように説明しました。『より大きな存在になるために、より多くのことを行い、知識を深め、より多くを所有すること』(回勅『ポプロールム・プログレシオ』6)」。

「人間への配慮が最優先され、霊的側面を含むあらゆる次元で人間が全面的に高められ、貧しい人、病者、囚人、困窮者、移住移動者を含むあらゆる人がないがしろにされることのないときこそ、よりよい世界が訪れるのです」。

「現代における移住の流れは、民族移動ではないとしても、人々の移動としては史上最大です。教会は、旅をし続ける移住者と難民に付き添うにあたり、移住の原因を理解するよう努めると同時に、移住がもたらすよくない影響を克服するために活動しています」。

「私たちは、様々な形で貧困が生じているというスキャンダルを見過ごすわけにはいきません。移住と貧困は結びついているのです。何百万もの人々がよりよい未来への希望を抱きつつ、または自分のいのちをひたすら守るために、貧困や迫害から逃れて移住することを選択しています。移住には、新しく、適切かつ有効な手段で取り組み、対処しなければなりません。そのためには、心からの連帯と思いやりの精神が求められます。教皇ベネディクト16世は次のように説明しています。『このような政策は、移民の本国と目的国との緊密な協調から出発すべきです』(回勅『真理に根ざした愛』62)。こうした協力関係は、各国が国内の経済や社会状況、雇用機会を改善させる尽力から始まることを強調すべきです。

「正しい情報を得、先入観を克服し、移住者や難民に対する態度を変える必要があります。人間の尊厳は、人は神の姿にかたどり、神に似せて造られたまさに神の子であるという事実に根ざしています」。
(教皇フランシスコのメッセージからの抜粋)

JCAP地域のイエズス会員と移住
KIbe Hall Buillding2009年のはじめ、アジア太平洋地域のイエズス会管区長会議(JCAP)は社会問題の地図作成を始めました。それはイエズス会員とその協働者が現在携わっている社会的関心を評価するため、そして国際協力の可能性を探るために始められました。「ソーシャル・マッピング・レポート」の最終結果からは、イエズス会員とその協働者が、アジア太平洋地域における社会的課題に広範囲に取り組んでいるということが明らかでした。

アジア太平洋地域の現状は、より合理的な戦略と、地域のイエズス会管区間のさらなる協力を必要としています。弱い立場に置かれた移住者の数、不平等な経済発展、軽んじられた人々への脅威、根深い対立、環境の不正、それらはますます増え続け、地域の緊急の課題となっています。そしてそれらは、イエズス会員とその協働者により大きな役割を要求しています。

事実として、「移住」と「環境保護および天然資源の統治」はアジア太平洋地域のすべての国に関わる、使徒的最優先分野であるとみなされています。しかしながら、それが有効であるためには、社会正義に関するイエズス会の取り組みを見直し続け、派遣の使命を帯びた国際共同体を築いていく協力的努力が必要です。実際に、貧しい人に付き添うことや社会正義に対して、イエズス会員の取り組みは不十分であったと思われます。その他の弱点も「ソーシャル・マッピング・レポート」によって明らかにされました。様々な使徒職の間、特に社会使徒職や知性使徒職といった分野の間で連携が不足していました。

アジア太平洋地域では、祖国の外で不安定に暮らしている人々の尊厳や人権は十分に尊重されていません。それには難民、国内避難民、非合法滞在者、移住労働者、人身売買の被害者など、すべての弱い立場の人々が含まれます。

Ignatian Advocacy Network August 2009

35年前に設立されたイエズス会難民サービス(JRS)は現在、強制的に追放された人々に注目しています。国際イグナチオ・アドボカシー・ネットワークは移住を重要な焦点のひとつとみなしています。さらにJCAPは、2009年8月、アジア太平洋地域における行動と連帯のための最重要課題として移住問題を選びました。日本では、イエズス会社会司牧センターを通じて、いくつかの仕事が移住労働者と共に行われています。韓国ではイエズス会移住者センターによって、台湾ではレールム・ノヴァールム・センターによって、そしてインドネシアではサハバト・インサンによって活動が行われています。フィリピンではUGAT機関が、移住労働者の残された家族と共に働いています。

JCAP meeting in Seoul 2011

通常提供される直接のサービスには、教育プログラム、法的援助、司牧活動および共同体形成、労働問題に関するサポート、避難所、あるいは物的支援などが含まれています。移住者にとって、職場での怪我、雇用者からの酷使や不公平な待遇への支援が、一般的にもっとも必要とされます。

発展途上地域を見ると、自然災害、あるいは人災によって移住を余儀なくされるケースが、アジア太平洋地域に共通してますます増えてきているようですえてきているようです。増え続けている移住配偶者という現象もまた、関心の領域です。

アジア太平洋地域にいる移住労働者、あるいはアジア太平洋地域からの移住労働者は、著しく大きなグループを形成しています。そのため、労働者を送る国と受け入れる国との間で、相互の努力がより一層必要とされています。組織化された情報と経験のやり取りは、イエズス会の結びつきを超えて、ネットワークを確実に改善し、発展させることができるでしょう。
移住の問題は、貧困、人権、開発援助、環境保護、自然災害、平和構築そして紛争解決といった幅広い領域と、強く結びついています。

2009年以降の具体的歩み
2010年8月、東アジアと太平洋地域のほとんどの管区を代表するイエズス会員の特別な集会が、インドネシアのクラテンで行われました。移住への焦点は、議論の主要な成果のひとつでした。アジア太平洋地域の移住という共通分野で、すべてのイエズス会使徒職が支持と取り組みを探り、発進国と受け入れ国の間の協力を促進することが重要であると考えられました。
2010年10月、「世界移住フォーラム4」の前に、29か国を代表する94人がエクアドルのキートに集まり、世界的レベルで移住に関するイエズス会の使徒的ネットワークを形作るだけでなく、行動と方法の優先順位を明らかにしようと試みました。私たちJCAP地域からは、3人の代表を送りました。移住によって引き起こされる挑戦は、イエズス会全体にとって、使徒的優先事項です。

2011年5月、イエズス会員と協働者から成る小グループは、東アジアのいくつかの国で移住労働者と共に働き、ソウルにおいて特別なセミナーを開いて、情報とネットワーク計画を共有しました最近では、今年の6月に行われた、移住について働くイエズス会機関の代表者(ディレクター)の会議において、JCAP移住ネットワークは勢いがついたように見えます。会議の場所はインドネシアのジャカルタでした。イエズス会のベニー・ジュリアワン神父がアジア太平洋地域における移住者のためのネットワークの頼りになるコーディネーターとして任命されました。それによって地域の中に強い協力がついに作られるとグループには感じられました。

ジャカルタの会議において代表を務めた私たちの機関は主に、移住労働者と非合法滞在者を取り扱います。そしてこれらの主要なグループを中心にして、3年間(2014~2017年)の活動計画が入念に練られました。参加者間のひとつの大きな関心は、地域のいたるところにいる移住労働者のリクルートと就職あっせんに強く影響を与えている仲介システムに取り組む必要でした。
相互協力の新しい具体的プログラムは、3年の間、限られた研究助成金を支払うことです。そして、選ばれたトピックは次の三つです。(1)移住者の子どもの幸福、(2)移住者の帰還と再び自国に適応する策、(3)移住の仲介システム。

私はイエズス会社会司牧センターによって活発に支持されている二つの主要な発展をここに加えたいと思います。一つは、足立インターナショナル・アカデミー(AIA)が2007年に創立されたことです。ここでは東京の郊外に暮らす移住労働者やその子どもたちが、日本語や日本文化などの基礎的教育を受けています。それから3年後の2010年には、社会司牧センターは移民デスクをオープンしました。それは、弁護士と協力して、移住労働者が日々の暮らしの中で直面している法的問題に対処するためです。その他にも、当センターは移住の問題は重要であると確信して、アジア地域のすべてのネットワークを促進している他のグループとの協力のため、いつでも開かれています。

ケーススタディー:アジア太平洋地域の家事労働者

[ベニー・ハリー・ジュリアワンSJによる『アジア太平洋地域の家事労働者の概要』(2013年)を、安藤勇SJが編集]
【社会司牧通信178号2014年8月15日】

A case study_Domestic Workers in Asia Pacific

アジアならびに太平洋地域には、およそ2150万人の家事労働者が暮らしています(国際労働機関ILO、2013年)。それは現代世界の全家事労働者の、実に約41パーセントを占めています。しかしながら、この地域の中でも最も人口の多い二つの国、つまりインドと中国のデータは特に信憑性が低いように思われます。上のデータで目立っていることのひとつは、1995年には1380万人だった家事労働者が最新のデータでは2150万人に増加していることです。アジア太平洋地域が家事労働者の最も大きな雇用主になっています。この増加は、地域が経済的にも、また社会的にも非常に活発であるということを物語っています。このレポートでは、アジア太平洋地域の状況について焦点を絞ります。

実際、2030年までに、アジア太平洋地域の中流階級はヨーロッパのほぼ5倍、北米の10倍になるだろうと推定されています(プライスウォーターハウスクーパーズPwC、2012年)。中流階級の購買力は、家事労働者の需要をあおります。今日では多くの家庭がメイド、ベビーシッター、看護師、運転手、庭師を雇う余裕があります。しかしながらこれらの職業はアジアの発展した地域においては地元住民に敬遠されます。なぜならそれらは「三つのD」、すなわち汚い(dirty)、きつい(difficult)、危険な(dangerous)仕事だと思われているからです。地元住民に代わって、家事労働者はアジアの貧しい予備人員から成り立っています。アジアではおよそ18億人(総人口の54パーセント)もの人々が、一日2米ドル以下で生活していますしています(国際連合人間移住計画UN Habitat、2010年)。先進国では、家事労働者は発展途上の隣国出身者です。台湾は2012年に20万人の外国人家事労働者を雇いました。同年、香港は30万人です。韓国は16万3千人(2008年)、シンガポールは16万人(2013年)、マレーシアは30万人(2006年)です。これらの労働者の多くは、インドネシア、フィリピン、ベトナムから来ています。日本では、外国人家事労働者は日本人家庭のためではなく、ただ外国人家庭のためにのみ許されています。
アジア太平洋地域は急速な都市化を経験しています。アジアの人口比は、1990年には世界の31.5パーセントでしたが、2010年には42.2パーセントにまで上昇しています(UN Habitat、2010年)。そのような都市環境の中で、家事労働者は農村からの移住者で成り立っています。彼らは正規の経済の中に仕事を見つけることができず、その代わりに都市の労働の予備軍の一部となっているのです。そうして現在、彼らはアジアの都市に5億550万人ものスラム住人を生み出しているのです。

要するに、アジア太平洋地域の家事労働は、移住によってかなり特徴づけられているのです。その移住は、国境を越えるもの、あるいは農村-都市間の境界を越えるもの、どちらも含みます。これらの労働者は主に、先進国では労働力不足を補い、都市部では増大する家事労働者への需要を満たします。

偏見の壁
このレポートの冒頭で述べたように、家事労働はしばしば公的な統計には記載されません。この事実は、この種の仕事の弱み、特に法的な承認や保護の観点からの弱点を反映しています。先進国では、低い技能しか有しない移住家事労働者は、「臨時雇い」と呼ばれる体制を前提として、補助的労働力とみなされます。それが意味することは、移住労働者の存在は一般に臨時的であるとみなされ、彼らは市民、あるいは永住者となるために適格な権利も蓄えも有していません。
韓国は家事労働を職であるとすら認めていません。したがって外国人家事労働者は法律によって認められた規定からも除外されています。実際、アジア太平洋地域の全家事労働者のうち、61パーセントが国の労働基準法によって保護されていません(ILO、2013年)。香港ではすべての労働者の平等が認められているので、この件に関しては例外です。彼らは地元の労働者として、労働者の法的な権利と福祉を享受することを許されています。移住家事労働者は、もし新しい雇用主を見つけることができないのなら、雇用契約が切れてから2週間以内に国外へ去らなければなりません。まさしく、臨時雇いという制度は、短い、もしくは一定の期限付きの雇用契約、労働法からの排除においてはっきりと現れています。

臨時雇いはまた、本国と目的国、どちらにおいても支配人や仲介業者の手の中でもてあそばれます。多くの報告書が、移住労働者が悪徳支配人や密入国あっせん業者によって搾取されていることを指摘しています。このような非人道的な活動の根本原因は、雇用プロセスの複雑さの中に見出せます。国境を越えて労働者を募集し就職させることは、事務処理と官僚制度に関するある程度の知識と経験を必要とします。この二つの性質は、しばしば想定される移住者に欠けているものです。短期雇用契約は長時間労働を伴う家事使用人の範囲をしばしば超えて、新しい職を探し続けるということを意味します。したがって、彼らが支配人を頼るほかはないというのは、ほとんど自明なのです。それに加えて、本国の多くは移住労働者が外国に移住することを活発に推奨しますが、この役目から身を引いて、支配人に任せっきりなのです。

アジアの発展途上国では、家事労働者の供給は長い間大家族のネットワークに頼っていました。それ以外というのは、正式な雇用体系の外だったのです。

労働者あっせん所と市民社会
しかし、アジア太平洋地域の家事労働者はただただ無力な犠牲者であるという表現は、果たして現状を適切に表しているでしょうか。いいえ、違います。アジアの先進国における外国人家事労働者、あるいは移住家事労働者はいつも従順でおとなしかったわけではありません。彼らは可能な限りで、組合を組織組織し始めました。その最も成功した例は、香港に見られます。例えば、インドネシア移住労働者連盟(IMWU)、インドネシア移民労働者協会(ATKI)、Unifil(在香港フィリピン人連合)などには多くのメンバーが属しており、政治活動にも熱心です(Constable、2009年)。彼らはよりよい給料や労働条件、グローバル化など、社会正義のためのキャンペーンの中で、地元の組合やNGOと縁組します。

この話のもうひとつの側面は、多くの女性家事労働者が経験する社会的、広範な移動性です。家事労働は長い間、家庭の義務の一部であり、この義務のほとんどを女性が負っています。増大する繁栄は、自分の家における家事が今や他の誰かの家における有給の家事労働へと変化していることを意味します。女性は自らの家事を市場に売ります。それが都市部の、あるいは国外の家庭であったとしてもです。「故郷の主婦は家事を海外ですることによって、大黒柱となるのです」。
いくつかの国では、とりわけフィリピン、香港、台湾などでは、家事労働の課題に対する教会の対応が高く評価されています。アジア太平洋地域の修道会は、反人身売買というわずかに広いテーマのもとではありますが、家事労働者の苦しみに注意を払ってきました。

東日本の災害の3周年を想い出にして

津波1今週は3.11の東北の歴史的な大地震・津波そして福島の3周年になりました。日本だけでなくて、世界中、様々なイベントが行われ、多くの人たちは黙祷と宗教的な行事でこの災害を迎えてきました。

ちょうど3年前、大地震が起きて2週間後、東京の小さなお聖堂で30人ほどの人たちが集まり、東北の被災者のためにミサの祈りを行いました。そこへ陸前高田から帰ってきたばかりの一人は参加していました。彼は生々しい現状を報告してくれました。
そして、その中でいまだに忘れられない発言がありました。「どうして神様はこれを許したのか。何も罪のない人たちには…」私にそれが叫び声のように聞こえました。皆が黙っていました。答えが見つからなかったわけです。

それ以降、私は旧約聖書のある本が好きになり、度々読んでいます。その本は「ヨブ記」と呼ばれます。今でもそれを手にしてゆっくりと読み、祈りの材料にしています。ヨブという人物は大変恵まれた生活の中で、神様への熱い信仰の持ち主でした。ところが、ある日突然、家族も財産もすべて失い、奥さんと2人だけが残り、とうとう健康も衰えました。苦しい毎日の中で、まだ神様を強く信じていた彼に対して、奥さんから批判を浴びて見捨てられました。「こんな不幸が続いて、まだ神様を信頼しているのか」と。

ヨブという人物が存在したかはっきりしません、しかし、この本を記された著者は大変苦しい体験の持ち主だったに違いありません。

黙って、苦しんでいる人たちの声に耳を傾けることはとても大切だと教わりました。

東北の方々のためにお祈りを捧げます。 (by 安藤、イエズス会社会司牧センター)

オーストラリアでのカルチャーショック

小暮 康久 SJ
【社会司牧通信175号2014年2月25日】

叙階後、昨年春に上智大学での神学研究を修了し、イグナチオの霊性を勉強するためにメルボルン(オーストラリア)に来て、10ヶ月が過ぎようとしています。これまでの養成の期間にも、様々な国々-インド、韓国、フィリピン、ベトナム、マレーシアなどの他のアジアの国々や、加えていくつかのヨーロッパやラテンアメリカの国々-を訪れ、異文化を体験する機会がありました。それらの異文化体験のすべては、それぞれに気づきや視野の広がりをもたらしましたが、ここオーストラリアでも、以下に述べるような点で、固有のカルチャーショックを体験しています。

 まず、こちらで体験した中で一番印象深いことは、オーストラリア人の労働観というものです。それは彼らの休暇の取り方ということにも関係しています。一例をあげてみたいと思います。今、オーストラリアは夏季休暇の季節の真っただ中にあるのですが、彼らの多くは、クリスマスの前から1月末まで、少なくとも3週間かそれ以上の夏季休暇を取ります。オーストラリア人にとって、家族や友人などの大切な人たちと一緒にこの数週間を過ごすことはとても大切なことです。オーストラリア人にとって、休暇にはとても大切な意味、特別な価値があります。“休暇”は最優先事項です。ここでは、“休暇”という言葉には、まるで水戸黄門の印籠のような権威があります。

休暇を取ることに関しては、日本の労働者の状況とはまったく異なります。オーストラリア人にとって、休暇の文化は彼らの労働観を表すものです。こちらではしばしば、“人生(生活)の質quality of life”(※)という表現を耳にします。私たち日本人もこの同じ表現を使い始めてはいますが、しかし“ブラック企業”における長時間労働など、まだまだ過酷な労働条件が根強く残る日本においては、“人生(生活)の質”は、依然として理想の域に留まったものと言えるでしょう。しかし、ここオーストラリアでは、この「人生(生活)の質」という価値観は、個人の考え方やスタイルだけでなく、社会のシステムにまで、共通の価値として浸透しています。オーストラリア人はいつも、仕事と休暇の適切なバランスというものを考慮しているように見えます。“働きすぎ”はここでは決して称賛されることではありません。何故なら、それは、家族と時間を過ごすというようなもっと大切なことを犠牲にしていると見なされるからです。こちらに来て、週末になると、街のどんな小さな公園でも、どれほど多くの父親たち(もちろん母親も一緒)が子どもたちと遊んでいるのかを見るにつけ、その光景に深く考えさせられます。

さらに、このほかにも、オーストラリア人の労働観を示すものがあります。一例をあげるならば、私はこちらに来て、オーストラリアの最低賃金が時間当たり$16 (¥1600)であるという事実を知った時は本当に衝撃を受けました。はじめは信じられませんでした。何故なら現在の日本での時間当たり最低賃金はオーストラリアの約半分の¥750で、なおかつ(非正規雇用の拡大など)さらなる賃金の削減の議論が続いているからです。

外食産業(街中の個人経営のアジア系レストランなど)に見られるようないくつかの例外はあるにせよ、実際に、オーストラリアの労働条件は、日本やアメリカ、イギリスなどの他の先進国と比較すると相対的によいと言えます。それ故に、私が出会った友人たちも含めて、毎年、多くの留学生がこの良好な労働条件を求めてやってきます。ある留学生たちは、すでに母国で、専門の技能職や職業-例えば看護師など-に就いて
いるにも関わらず、こちらで同じ仕事を得ようとやってきます。それは母国での労働条件との違いのためです。“人生(生活)の質”にとって、より多くの賃金を稼ぐことだけではなく、仕事と休暇のバランスも大切であることを彼らは知っているのです。この労働観がオーストラリア社会に根付いた価値であることを、この留学生たちの数が示していると言えるでしょう。

それぞれの国は、それぞれに異なった極めて固有の条件下にありますし、浅薄に比較することは適切ではないことは十分承知の上で、それでもなお、“人生(生活)の質”という価値観が、どの国においても、人間を幸せにするものだと強く感じさせられています。


※生活水準(英: standard of living)とは違った概念。ひとりひとりの人生の内容の質や社会的にみた生活の質のことを指すもの。つまりある人がどれだけ人間らしい生活や自分らしい生活を送り、人生に幸福を見出しているか、ということを尺度としてとらえる概念。

止まったままの時間 ~福島からの報告~

片柳 弘史 SJ (イエズス会教会使徒職協働推進チーム)
【社会司牧通信172号2013年8月15日】

「参加条件40歳以上の男女」、福島でのボランティア活動の募集要項の冒頭には、長い間この条件が掲げられていました。つまり、福島は放射能で汚染されているので、若者をボランティアとして受け入れることはできないということです。ですが、赤ん坊からお年寄りまで数十万人の人々が現に福島で生活しているという事実を考えるとき、このような制限を設けるのは理不尽ではないかという声があがりました。そうした声を受けて、この春から冒頭の条件は削除され、代わりに次の説明が付されることになりました。

「放射線の低線量被ばくによる健康被害は絶対に安全または危険とは言えず、万人に通用する安全基準はありません。自己判断、自己責任でのボランティア参加をお願いします。」
(判断材料として、国際協力NGOセンターの資料が付されています。)

つまり、放射能の危険を冒してまで福島に入るかどうかは、自分で判断するようにということです。この変更を受けて、イエズス会教会使徒職協働推進チーム(JPACT)では、今年5月に各地のイエズス会が担当している小教区や学校から若者たちを募集、ボランティア・ツアーを実施しました。危険を冒しても、いま現に「放射能汚染地帯」と呼ばれる福島の地で生活する赤ん坊、子ども、若者、お父さんお母さんやお年寄りに何が起こっているのか、彼らが何を感じているのかを自分の目で見届けたい、彼らの苦しみに少しでも寄り添いたいと願う若者は多いに違いないと考えたからです。

この記事では、参加してくれた若者たち、またスタッフとして同行したわたしたちが何を見、何を感じたかをご報告したいと思います。

まずは、JPACTのスタッフで、今回のボランティアに同行してくれた山本紀久代さんの詩から。

薄緑の木々、桜色の花、鳥の鳴き声、かすんだ空のどかな春の景色

でもだれ一人田んぼに人影はなく
よく見ればその田んぼにはいく台もの車が横たわり、放置され
なんと漁船までがころがっている

第1原発から6㎞のところにある校舎は
2年前まで子どもたちの歓声にあふれていた
今では無残に天井がはがれ、床は落ち
海からの強い風だけがその住人
その風に乗って放射能はどこへ運ばれて
いくのだろう

発電所に通じる国道には
おびただしい数の警官が待機し
だれを探しているのか
なにを恐れているのか

ゴーストタウンというものは
広大な大陸だけにゆるされるものと思っていたのに
目の前には打ち捨てられた駅
打ち捨てられた町
駅前の看板がはげかけたペンキで語りかける
「安心して暮らせるやさしいまち」と

この国はどこへ行こうとしているのだろうか
わたしにできることはあるのだろうか
不安ともどかしさの塊りをかかえたまま
わたしはフクシマを離れた

今回わたしたちはカリタス・ジャパン原町ベースに滞在し、そこから社会福祉協議会を通した灌木伐採、家の片づけなどのボランティア活動に参加しました。その合間に、ベース・スタッフの案内で、原発から10キロ圏内にある浪江町請戸地区を視察することもできました。今年4月の避難指示改編によって「避難指示解除準備区域」に指定され、昼間の出入りが制限つきで許可された地区です。山本さんが書いて下さった詩は、そのときに彼女が目撃した光景を描いたものですが、わたしたち全員が見たこと、感じたことをとても的確に表現してくれていると思います。わたし自身は、「『時間が止まる』とはこういうことなのか」と身を以て実感しました。

次に、今回の参加者の中で最年少、医学部で勉強している学生の杉野健太さんが寄せてくれた感想の一部をご紹介したいと思います。

「なぜ福島に行ったかというと、福島の現状をこの目でこの体でこの心で確かめたかったからだ。去年のゴールデンウィークには岩手の釜石へ、今年の3月には南三陸と気仙沼に視察に行ったが、福島を訪れるのは初めてであった。

福島には放射線量が高いために復興が進まず、2年前の3月11日15時38分に津波が来たときそのままの状態で時が止まっている地域があった。この地域を訪れたとき、あまりにも悲惨な状況で言葉を失ってしまった。岩手や宮城では着々と復興が進んでいる地域があるのに、この地域はなぜまだこんな状態なのか。福島の現状をこの身で思い知った瞬間であった。

しかし、福島ではボランティアの数がどんどん減っているのが現状のようだ。放射線に対する偏見のせいで福島を避けている人がたくさんいると思う。だが、レントゲンを一枚撮るだけで6.9mSv、放射線量が高いと言われている飯舘村は、0.55μSv/h、一日24時間いたとしても、13.2μSvなので、一日ボランティアしたとしても、レントゲンの600分の1程度に過ぎないということではないのか。確かに、どれほど人体に害があるのかは専門家でも意見が分かれているし、私にも分からない。けど、福島には自分の故郷を愛し、そこに戻りたいと思っているのに、ちいさな仮設住宅で暮らすことを余儀無くされている人がたくさんいる。そういう人の苦しみを感じて、少しでも力になりたい!そういった善意と熱意をもった人が全国各地からたくさん集うことを切に願っている。身内を亡くされて、傷ついた方に少しでも生きる希望を持ってもらえるような働きかけをするのもボランティアの役目だと思う。ボランティアにはいろんな形があると思う。一人の力ではどうすることもできないし、少ない人数では時間がものすごくかかる。ボランティアが継続的に長いスパンで何百人何千人何万人と集うことで、福島は必ず復興の兆しが見えてくると信じている。

現在は、福島に行く前の自分のように、福島の現状を知らない人が多すぎる。自分と同じくらいの年代の若い力が必要とされていると思う。たくさんの人がこの福島の現状を知り、自分も少しでも福島の復興の力になりたいと善意と熱意をもってボランティアに参加してくださり、福島の復興に繋がることを願っている。また、福島に観光に行ってお金を落とすだけでも、福島のためになる。これを読んで下さった方が少しでも福島のことを考えるきっかけになってくれたら幸いだ。」

医学生らしい使命感に燃えた杉野さん。参加者のうち最も若い彼の口からこれほど前向きな言葉を聞くことができたのは、本当に大きな喜びです。次に、小学校の教員をしている六甲教会信徒、吉村光基さんの感想文です。

「私は現地での活動を通して、自分自身が福島のことを忘れてしまっていたということを思い知らされた。もちろん、ニュースなどで福島における今の状況をある程度は知っていたが、でもそこで暮らす人たちの思いや気持ちに対して敏感であったかというと、そうでもない。むしろ、東日本大震災後も私が暮らす町は平穏そのもので、私の生活自体何も支障をきたすことなく動いていて、そういう意味で福島のことを私は忘れてしまっていたと思う。

また、久々に『ボランティアって何のためにやるのか?』なんて考えた。同じ東北でも福島の置かれている状況は他とはまた違う。瓦礫を除去したら住めるわけではない。放射能という目に見えない壁がある。ボランティアに行く人も他より少ないし、風評被害もまだまだある。差別的な発想も。この目に見えない壁、何とかならないかなぁと考え、少し気が重くなりながら帰った。

私に出来ることの一つは『伝えること』である。私は今、仁川学院小学校で6年生の担任をしている。連休明けに授業の時間を使って子どもたちに話をした。また、学級通信にも福島のことについて書いた。

保護者の方と話す機会があって、ある保護者は『私も福島のことを忘れていたように思いました。出来る限りの支援がしたいです。』とおっしゃっていた。また、保護者の一人は『今度、主人と福島の方へ旅行に行ってきます。大したことは出来ませんが、観光をして現地でお金を使うことも一つの支援かなと思ったので…。』と、わざわざ電話で伝えて下さった。とても嬉しい話だった。この『伝える』ことが枝葉となって広がりを持てば、何か状況が変わっていくのではないかと思う。」

自分の目で見、肌で感じてきたことを精力的に伝え、福島の人々と連帯していこうとする吉村さんの積極的な姿勢に感銘を受けます。次に、六甲教会の教会学校で活躍してくれている青年、久保信人さんの感想をご紹介したいと思います。

「ボランティアの行先を決める前に、はじめに、社協を代表して会長さんがご挨拶されました。『昔から代々続き、文化の町として歩んできた町が、あの日を境に大きく変わりました。皆この町を追われましたが、避難区域の解除等で少しずつではありますがボランティアの方の力をお借りして、この町を何とかしたいと思っています。皆さんが小高地区を救って下さいます。』と熱い思いと感謝の言葉をいただきました。作業は、依頼のあった方のお家に出向いて、家屋と庭の清掃を行いました。作業初日は、午前中だけ作業を行い、原町ベース・スタッフの案内で、福島第1原発に近い海岸や浪江の町まで向かいました。人の立ち入りを制限した区域になるので、警察の検問やガードマンによる通行車両の確認など物々しい雰囲気でした。福島第1原発が見える距離にある小学校に入ってみると、グシャグシャになった教室の黒板に卒業生の残したメッセージが書かれていました。その中でも特に目に留まったのは『必ず復興する!』という文字。変わり果てた地域を何とかしたいという地元社協のスタッフの方、同じ家にもう1度住みたいと願う地元の方、そして、この学校の卒業生のメッセージ。『皆、この町が大好き』という思いを強く感じました。」

子どもたちを愛してやまない久保さんらしい感想です。わたしも、黒板に書かれた字を見ながら、子どもたちのために祈らずにいられませんでした。

福島と関わるとき、わたしたちはいくつかの選択肢の中から立場を選ばなければいけません。おおざっぱに言えば、次のような選択肢が考えられるでしょう。

1. 放射能に汚染された福島は、人間の住むべき場所ではないとする立場。その立場から、一日も早い全面避難を政府に求め、住民にも自主避難を促していくことこそ、本当の福島支援。いわゆる「復興」は100年先の話。

2. 今回の事故による放射能汚染は、人体に影響を与えるレベルではないとする立場。その立場から、政府の基準を満たした地域への住民の帰還、地域の復興を積極的に推進していく。

3. 放射能の影響がどう出るかは分からないけれども、現に人々が福島で暮らしている以上、その人々に寄り添っていくという立場。現地に出かけ、あるいは密接に連絡を取り合い、人々と喜び、悲しみを共にしながら将来を模索していく。

 わたし個人としては、3の道を選びたいと考えていますが、皆さんはどうお考えになるでしょうか。この報告が、皆さん自身の考えを深めるためにお役に立てば幸いです。