渋谷の野宿者たち

下川雅嗣 (イエズス会司祭) 【社会司牧通信164号2012年4月15日】

私は14年程前の神学生の時代から現在に至るまで通学・通勤の際に毎日通る東京・渋谷の野宿者たちと関わっている。元々アジアの国々でのスラムコミュニティに関心があったのだが、ちょうど15,6年前から渋谷でも野宿者がいたるところで目に入るようになり、自分の足元の貧困者となんらかの関わりが必要と思ったからである。その頃、渋谷で野宿当事者を中心に野宿者の状況をなんとかしていこうと考える「のじれん」という団体が結成され、この「のじれん」に関わるようになった。その中で、当初から一貫して大切にされていた取り組みとして、東京都立児童会館玄関前での集団野営というものがあった。これは、当時の行政との激しい交渉の末であるが、児童会館玄関前の屋根のあるかなり大きなスペースに、児童会館の業務が終了した夜9時以降朝5時ごろまでは、寝場所がない野宿者がいれば誰でも一緒に寝ることができる場所を確保するというのである。もちろん屋根があると言っても屋外だし、毎晩設営し、朝には清掃をしてその場から離れるわけで、そんなに良い環境とは言えないが、雨に直接降られず、若者や通行人(時に警備員や警察)からの嫌がらせや襲撃を心配せずにある程度安心して眠れる場所、またそこで新たに人間関係を築きコミュニティを作っていく可能性を秘める場所としては重要な場所であった(社会司牧通信No.89,90参照)。

その誰でもが寝られる場が、去年(2011年)11月1日完全閉鎖された。名目は児童会館の外壁の耐震工事が必要ということになっていたが、ちょうど野宿者が集団野営をしていた玄関前だけは耐震工事が必要とされた外壁は存在しなかった。実際、それから5ヶ月たった現在も玄関前はなんら工事は行なわれていないわけで、野宿者たちの夜だけの居場所を奪うことが目的としか考えられなかった。

14年前と違って、野宿者問題と関わる教会や市民団体はかなり増えてきた。しかしながら、それらは炊出し等の即時的な支援と生活保護申請や自立支援のプロセスの中での支援が主流のようである。もちろん、生活保護申請での行政の不当な対応(例えば必要な人を窓口で追い返すようないわゆる「水際作戦」やアパート等の居宅保護が本来なのに、それを許さず施設保護が一般的になっている地域も多いこと)を正し、野宿者の自立のサポートをすることは重要なことである。しかし、現状においては、日本社会はいまだに次々と新しい野宿者を生み出しているし、その野宿者たちの中で、行政や支援団体の敷いたレールにきちんと従って自立できる人はそんなに多くはない。そのような状況の中では、まず今の社会の中に、どんな人(野宿者)でも居られる場所、寝られる場所、野宿者どうしが互いに支えあうコミュニティが存在できることが非常に重要なのではないだろうか(もう一つ、野宿者を生み出さないような社会に変革していくことも重要であろう)。

キリスト教の本質的なことの一つとして、「神の無償の愛」というものがある。神は、その人が何かをするから愛するのではなく、その人がどんな人であろうと、まずはありのままで条件なしで愛しているのである。逆に言えば、その人がどんな欠点や弱さを持っていようが、その人は神から愛されていて、ありのまま受け入れられているのである。このことと、今の社会において、野宿者が誰でもありのまま居られる場所、寝られる場所が存在できることは直結することのように私には思える。

しかしながら、近年、特に大都市においては民間(大企業)主導の市場メカニズムを使った都市再開発の波が強く押し寄せてきている。市場メカニズムは無駄を排し、効率性を実現するには強力なメカニズムであるが、市場において価値がないと判断されるものが排除されていくのも確かである。上述の児童会館玄関前、誰でもが寝ることの出来た寝場所からの排除も、一年前に起きた宮下公園のネーミングライツをナイキ社が買うことによって生じた宮下公園からの数十名の野宿者の排除も、渋谷という街の民間主導の再開発の流れと無関係ではあるまい(2011年9月末東京都は政府に対して、渋谷駅周辺を国際戦略総合特区(法人事業税の免除等で多国籍企業を誘致し、アジア地域の統括拠点となることを目指すもの)とすることの申請を行い、12月22日に国から指定を受けた。児童会館も宮下公園もこの区域に属する)。

現在、墨田区の東京スカイツリーの5月22日開業に向けて、その周辺の再開発の流れの中、竪川河川敷公園(江東区)、荒川堀切橋河川敷(墨田区)では、江東区及び国土交通省による暴力的な強制排除とそれに抗する闘いの真最中である(3月下旬現在)。渋谷においても再開発の流れは一層激化し、4月26日に総合商業駅ビル「ヒカリエ」がオープンし、その後2012年中に、副都心線と東横線の連結(相互乗入)が予定されている。今後いよいよ渋谷において、野宿者が居られる場、寝られる場を守る闘いは厳しくなっていくと予想される。

都市再開発、それ自体は社会にとって必要なことかもしれない。しかし、そのプロセスの中で、野宿者、貧困者が排除され、居場所が奪われていく都市再開発をそのまま容認していて良いのだろうか。社会が無駄を省き、効率性を追求していくプロセスの中で、誰でも(野宿者)が居られる場所を社会の中からなくしていくことは、私たちが、毎日の生活でより効率的に無駄を省こうとするうちに、生活の中からイエスの居場所や祈りの時間をなくしていくことと同じようにも思える。

渋谷における現存する数少ない、寝場所のない野宿者が比較的誰でもが夜だけ寝られる場所の一つとして、渋谷区役所地下駐車場があります。しかし、ここもこの数年、追い出しの危機に直面しています。その攻防を描いた映画「渋谷ブランニューデイズ」ができました。一人の野宿者とある支援団体を中心に描いているため、私個人としては少々気になる点も無きにしもあらずですが、野宿する人の居場所を守ることの重要性、都市での排除の実態、十分機能していない生活保護行政の実態、野宿者を生み出す社会構造などの背景などがよく描かれているし、映画として音楽も含めて質が高いと思います。また何よりも映画に出てくる多くの野宿者や支援者、そして場所は、ほぼすべて、私がこの14年間関わってきた友人たち、慣れ親しんだ場所です(残念ながら私自身はこの映画が撮影されていた1年半ほどちょうど体調を崩していたので私は映画には出てきません)。是非ご覧ください。渋谷の映画館「UPLINK」でも4月28日より公開が決定しました。また、東京以外の方々も自主上映や教育機関のためのアカデミック版DVDも用意されています。詳しくは、以下の「渋谷ブランニューデイズ」公式サイトを参照ください。http://www.shibu-bra.jp/

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