【 報 告 】日本の「難民」の過酷な現実

日本の「難民」の過酷な現実) 【社会司牧通信140号2007年10月15日】
小暮 康久(イエズス会社会司牧センター/神学生)

はじめに
~中間期6ヶ月を経過して~
この4月から「社会司牧センター」での中間期を始めてちょうど半年が経ちました。社会使徒職分野での中間期ということで、本当に手探りで始まったという感じでした。しかし「とにかく外に出て行き、現場に入り、そこに留まり、何が起きているのかを体全体で感じたい」という思いだけは、初めからはっきりとしていました。なぜなら、そのような「現場」の体験の中からしか本当の洞察は得られないし、そういう類の洞察こそが神様からの呼びかけであるという直感があったからでした。「現場」を通して「時のしるし」を見出していくこと、これがこの社会使徒職分野での中間期という機会を用意してくれた神様から託された、わたしのテーマ(ミッション)だと感じていたからです。

3年前に日本管区は現代日本の重要課題として3つの優先課題を掲げました。そのうちの2つ、つまり①地球規模の周辺化/Global Marginalizationの問題と、②移動する人/Migrationの問題に、この中間期でのわたしの活動の重心を置いています。特に①の地球規模の周辺化/Global Marginalizationの問題は、来年開催されるイエズス会第35総会の重要なテーマの1つとして上げられています。

日本における地球規模の周辺化/Global Marginalizationの問題とは、端的に言えば、最近よく耳にする「格差社会」「ワーキング・プアー」にあらわされているような状態の進行を指しています。新自由主義的グローバリゼーションによって、日本のような先進国においても「貧困」と「社会的排除」が確実に創出されてきています。「自己責任論」や「自立支援」という言葉の裏側には「社会的排除」という意図が隠されています。「野宿者運動」の現場の周辺では「スポット派遣」や「ネットカフェ難民」といった、最近になって顕著になってきた「不安定就労」の現実が、恐ろしいほどの広さをもってこの社会に浸透してきているのを目の当たりにしています。行政側は意図的に「野宿者問題」と「ネットカフェ難民問題」を別の問題として分断しようとしていますが、両者の構造的な原因が同根であることは明らかです。
また、移動する人/Migrationの問題とは、日本おいては「移住(労働)者」や「難民(申請者)」とそれをめぐる行政や司法、また経済界や日本社会そのものの対応に「人権的配慮」が著しく欠落しているために、当事者である移住者たちに過酷な生活を強いているという現実があるということです。足立区の「むすびの会」での移住者やその子供たちとの関わり、また日本で「難民申請」をしている人々(今回の報道で、日本でも多くの人が関心をもったであろう「ビルマ(ミャンマー)人*」や「クルド人」など)との関わりの中で、かれらがどれほど困難な(しばしば残酷な)状況を強いられているか、そしてその現実がいかに日本の社会から隠されているのかを目の当たりにしています。

この半年間、これらの「現場」で様々な人々や出来事と出会いました。そして、この「地球規模の周辺化/Global Marginalizationの問題」と「移動する人/Migrationの問題」が実は根底でつながっていることを感じています。

今回の通信では特にその中で、日本にいる「難民」の方々が今どのような状態に置かれているのかということについて、わたしのささやかな経験を踏まえながら報告したいと思います。
* 「ミャンマー」という国名は軍事政権が使用しはじめたもので、難民・支援者は抗議の意味を含め、通常は「ビルマ」を使用。

「難民鎖国」日本の現実
~針の穴を通るように難しい「難民認定」~
まず、日本の難民政策がどのようなものなのかについて説明したいと思います。「難民」とは「人種、宗教、国籍、特定の社会集団への帰属、政治的意見などの理由から本国で迫害を受けている、あるいは迫害を受ける危険があるため、国外に逃れており、本国政府の保護を受けることができない人、あるいは保護を望まない人」に定義される人々です。つまり、「本国では命があぶない人」ということです。この点が大切です。

日本は先の定義を謳った国連の「難民の地位に関する条約/1954年発行」(以下「難民条約」)に1981年に加盟しています。しかもUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)への拠出金は世界第2位と、表向きは世界の難民問題の改善に貢献しているように見えます。

しかし、実際は下記の図を見てもらうと分かるように日本は「難民」の受け入れに非常に厳しい国です。この「難民条約」に基づいた「条約難民」はこの25年間でたったの410人しかいません。この難民認定の少なさが示すように、日本で「難民」として認められることは、「針の穴を通るような難しさ」だと喩えられています。

このように、「難民拒否」という現実(本音)と国際社会に対するポーズ(建前)がまったく違うということです。その本音と建前の違いを象徴しているのが、「出入国管理及び難民認定法」という法律に基づいて難民認定が行われているという現実です。つまり、外国人の出入国と在留管理を行う人間が、同時に難民認定も行うという現実です。「保護されるべき難民」があくまでも「管理の対象」としてしか見られない限界がここにあります。ここに根本的な問題があります。

そしてまた、この「難民拒否」という(本音)と国際社会に対するポーズ(建前)のギャップが大きな悲劇の原因の1つになっています。つまり日本は国外から見ると、条約に基づいて難民を庇護する国に見えるので、多くの庇護希望者が来日することになります。(もちろん庇護希望者が日本を選ぶ理由はそれだけではありませんが)そして、まったく違う現実-不法滞在者として犯罪者扱いされ、生存の権利を剥奪され(例えば就業権がないとか)、収容され、送還される-に直面するのです。つまり表現は厳しいですが、「表向き門戸を開いて難民を誘い入れている」というのが客観的な現実でしょう。

このような日本の状況の中では、日本に難民(庇護希望者)がどのくらい入国しているのかを把握することは不可能です。というのも、かれらの多くが逮捕や収容、その先の強制送還を恐れて「難民申請」それ自体を行えない状態にあるからです。また来日間もないかれらにとって「60日ルール」(入国して60日以内に難民申請しなかった者は難民としては認められないというルール、一応2005年5月の難民認定制度改定で廃止されました)など知る由もなく、手続きを行わないうちに期限を逃してしまった人々も多くいます。そして、そのような状態で日本に滞在しているかれらを「不法滞在者(犯罪者)」として逮捕・収容するのです。ある人々はこのような現在の日本の難民政策の実態を「難民だまし討ち迫害」と呼んでいます。実際に多くの難民(庇護希望者)が日本での過酷な現実に直面して「何で日本に来てしまったのか…」と感じています。

「難キ連」の全国ワークショップ
~「入管収容問題」~
この半年間で多くの難民当事者の方々や支援者の方々との出会いがありました。6月8日~9日には西早稲田の日本キリスト教会館において「難キ連」(難民・移住労働者問題キリスト教連絡会)のワークショップが行われました。全国から難民・移住労働者の支援活動をしているNGOやキリスト教教会関係者、そして難民当事者の計110人が参加したものとなりました。今回は主に「入管収容問題」を中心に、東日本(茨城県牛久市)、西日本(大阪府茨木市)、大村(長崎県大村市)の3つの入管センター(収容所)で、被収容者面会支援活動をしている人々が一同に会するものとなりました。

はじめに、2001年から東日本入管センター(牛久)に出向き、収容中の難民に面会し聞き取り調査を行なっている横浜市港町診療所の山村淳平医師(海外の難民キャンプなどで長く医療活動をされてきた経験をもつ)からの報告と問題提起がありました。

入管センターでの面会はガラス越しで、しかも時間も制限され一般の診察は不可能なのですが、しかしそのような条件下での聞き取り調査の中でも、収容された難民には不眠を筆頭に体重減少・食欲不振・頭痛・体の痛み・腹痛・体のふるえなど多彩な症状がみられること、それが不当な収容に対する困惑・怒り・不信、将来に対する不安、センター内で日常的に繰り返される非人間的な扱い、また言葉の暴力による恐怖心などが原因で精神状態がきわめて不安定となった結果生じてきていることが報告されました。

また、仮放免された難民に対して港町診療所で診察とスクリーニング検査を実施し、必要に応じて精神科医などの専門家による診察を行った結果、そうした外部の医師による診断では、難民申請者のほとんどに「うつ状態」がみられ、PTSD(心的外傷後ストレス障害)、ATSD(急性心的外傷性ストレス障害)などの精神疾患があること、また同様に、胃炎/十二指腸潰瘍、腰痛症、高血圧、皮膚疾患などの身体的疾患があることも報告されました。

次に行われたのは、3つの入管センターで被収容者面会支援活動をしている人々の報告でした。そこでは、今後これら3つの地域(牛久・茨木・大村)で支援活動をしている人々の間の相互連絡と相互協力をより緊密にしていくことの重要性が確認されました。というのも難民が東日本(牛久)から大村(長崎県)に何の前触れも合理的な根拠もなく突然に移されるという事態が起きているからです。例えば、東日本(牛久)に収容されていたビルマ難民Aさんの場合、Aさんへの支援者(ビルマ弁護団)の面会が増えたとたんに大村に移されたということがありました。これは明らかに東京の支援者からの「引き離し」という意図の下に行われたことであろうというのがワークショップ参加者の一致した見解でした。

また今回のワークショップには元被収容者である何人もの難民の人々(難民申請中の人々、難民不認定処分に対する取り消し訴訟中(裁判中)の人々、既に日本での滞在をあきらめ第三国(カナダ)などへの移住を決めた人々など)も参加していました。入管センターでの過酷な体験と日本での苦しく長い年月、その中で失ったものなどを悲痛に証言する一人一人の難民の方の姿は本当に忘れることができないものでした。目の前で語るこの人たち、一人の人間をここまで苦しめる日本という国は一体何なのかと思わずにはいられませんでした。何度も言うようですが「難民」は「本国で命が危ない」から日本に来た人たちなのです。帰りたくでも帰れないのです。そのかれらをここまで苦しめる日本。かれらの証言は重く、そして本当に心の底から揺さぶられるものでした。それは人間(神の子)の尊厳を傷つけるすべてのものへの「怒り」であり、「人の心を取り戻せ!」というわたしたちの社会に対する、神様からの回心の呼びかけであるように感じました。
また今回は、上述の港町診療所の山村淳平先生や、牛久入管収容所問題を考える会の田中喜美子さん、大阪のRINK(すべての外国人労働者とその家族の人権を守る関西ネットワーク)の岩田賢司さん、 大村の長崎インターナショナル教会の柚之原寛史牧師など「入管収容問題」の現場で実際に多くの難民の人々を支え続けている方々、またアムネスティ・インターナショナル日本・難民チームの方々、NCC(日本キリスト教協議会)の方々、その他、情熱と共感をもって移住者・難民の方々と共に歩んでいる全国の多くのNGOやプロテスタント教会の方々と出会う機会ともなり、わたし自身もとても励まされました。もちろんその中には、CTICやさいたま教区の方々などカトリック教会内の仲間がいることは言うまでもありません。

2日目の最後には、今後も入国管理局への監視を継続していくこと、各センターでの処遇の改善を法務省・入国管理局へ要請していくこと、全国の支援ネットワークを強化していくことなどが確認され、今回の「難キ連」のワークショップは終了しました。

「移住連」の全国ワークショップ
~「外国人労働者受け入れ論」を受けて~
続いて6月9日~10日には昭和女子大学で「移住連」(移住労働者と連帯する全国ネットワーク:SMJ/Solidarity Network with Migrants Japan)の全国ワークショップが200名ちかい参加者を集めて行われました。「移住連」は文字通り「移住者」に関わっている全国のNGOのネットワークであり、上述の「難キ連」もそのネットワークの1つです。

今回の「移住連」のワークショップでは、少子化と将来の日本の労働力の減少予想にともない最近活発になってきた「外国人労働者受け入れ論」(内閣府・内閣官房・日本経済団体連合会などがそれぞれ出している答申や提言)を受けて、その受け入れ論の問題点などが提起されました。具体的には「高度人材」に限定した受け入れ枠の拡大や、それを補完するための研修生・実習生制度の拡充など労働力の確保の面と、外国人の在留管理と取り締まりの強化の面がセットで提言されている点などです。平たく言えば「有用な労働力を確保しつつ、状況に応じて追い出すことのできる体制の構築」ということになるでしょう。

労働者派遣法の制定(1985年)と数度にわたる改正(1996年、1999年、2003年)そして国内企業で進められてきたリストラクチャによって、派遣労働者(いつでも切り捨てられる不安定就労者)がこれほどまでに増大してしまった現在の状況と同じことを、今度は外国人労働者でやろうとしているというところが本音でしょう。

そこには外国人を安価で調整可能な労働力としてしか見ていない人権感覚の貧しさがあります。そしてこれは高い難民性をもった難民申請者(庇護希望者)に対しても、彼らを拒絶する人権感覚と共通するものがあります。例えば、2004年に国連大学前で座り込みをしたトルコ系クルド人の家族は、その後UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)からマンデート認定(難民認定)を受けたにも関わらず、2005年にはこの家族の二人が突然に強制送還されました。難民と移住労働者の支援に汗を流している多くのNGO、そして個人が闘っているのは、実はこの「日本の人権感覚の貧しさ」というものに対してなのかもしれません。

トルコ系クルド人難民
~エルダル・ドーガンさん一家~
上述の「難キ連」や「移住連」のワークショップや、またアムネスティ・インターナショナル日本・難民チームが主催する連続セミナーなどでも多くの難民当事者の人たちとの出会いがありました。

特にその中でも、先ほども触れたようにトルコ系クルド人の置かれている状況、つまりその難民性の高さにも関わらず、日本政府とトルコ政府の親密な関係という政治的要因のために、トルコ難民申請者の合計778人(ほとんどがクルド人)のうち、いまだに一人も難民認定されていない! という状況には、日本の難民認定制度がいかに国連の難民条約の理念と乖離したものであるかという現実を突きつけられました。2004年の国連大学前の座り込みの当事者であったクルド人難民エルダル・ドーガンさん一家(4人家族)は、結局、今年7月10日に第三国(カナダ)へ向けて出国しました。難民と認められないばかりか、就業権も与えられず、人間としてのプライドを傷つけられ、収容と仮放免の繰り返しだった日本で過ごした年月。本当は日本に住みたいと願い続けてきたエルダルさんの「日本はもういいです」という言葉は、今でも心に焼きついています。

ビルマ難民Kさんとの出会い
~上智大学での講演~
ビルマ難民Kさんとは山村先生を介して知り合いました。1988年に、ビルマの軍事政権が民主化を求める学生や民衆に対して発砲し弾圧した時に、Kさんはヤンゴンで公務員として働いていて、職場の同僚と共に民主化運動にも参加していました。しかしそのことが軍事政権当局に分かってしまったため、職場の同僚は次々に解雇され、Kさん自身も身の危険を感じたために、弾圧を逃れて1990年に来日したのです。
Kさんのビルマでの体験や今の日本での生活の様子など、是非、若い人たちに聞いてもらいたいと思った私は、7月に上智大学の瀬本神父の授業の1コマでKさんの話をしてもらう機会をつくりました。当日は山村先生やアムネスティ・インターナショナル日本・難民チームの方や、ビルマ市民フォーラムの方にも参加してもらいました。
Kさんからは、ビルマではどんな職場にも政府のスパイが入り込んで監視されていること、拘束された人々の尋問は身体的な拷問をともなう酷いものであること、国内の少数民族への弾圧(殺害、レイプなど)の実態など、軍事政権の具体的な人権侵害の様子が語られました。
また日本に来てからの苦労も語ってくれました。生活するために肉体的にも厳しい仕事をしてきたこと(難民申請中の人には「就業権」が与えられていない。霞を食べて生きていけというのだろうか?)また、国民健康保険などの公的な社会保障が利用できないために、高額な医療費(100%自己負担)を支払わなければならず、実際に大きな手術をしたKさんは、現在もその支払いが終わっていないような状態であること。また日本は属地主義ではなく、血統主義による国籍付与であるために、日本に来てから生まれたKさんの子どもが「無国籍」の状態になってしまっていることなどを語ってくれました。
しかし、そのような苦しい状態の生活にも関わらず、同じように日本で苦労しているビルマ難民の友達や、ビルマ国内にいる「国内避難民」の人々のために、お金や物を送ってきたKさんの人生は、「苦しみを知っている人だけが、隣人の苦しみに本当に共感できる」という真理を無言のうちに語っていました。
そして最後に、「何とかビルマで安全に暮らせる日が来るまで、どうか日本で難民として暮らすことができるようにお願いしたい」と語りかけた難民当事者のKさんの言葉は、どんな日本人支援者が語る言葉よりも力をもって学生たちの心に響いたようでした。授業終了後の学生たちの反応も『ビルマでこんなことが起きていたことを初めて知った』『日本にいる難民の人々の困難な現実を初めて知った』『私たちの社会のあり方を考えさせられた』というものでした。
きっと今回のビルマでの一連の民主化要求デモとそれを弾圧する軍事政権の映像は、授業を聞いた学生たちの心にKさんのことを思い起こさせたことでしょう。

最後に
日本の「難民」問題は社会から隠れて(隠されて)います。「難民」だけではありません。この社会の中で「利用され弱くされた者」は「分断されて」そして「何事もなかったかのように」、「気づかれないように」社会から排除されていきます。だから社会から見えないのです。かき消されてしまいそうな、かれらの「小さな声」に耳を傾ける時、その声は神様からの言葉のようにわたしたちの良心に訴え、わたしたちに大切なものへの気づきの恵みをもたらします。すべての人が本当の幸福を実現していくことのできる社会(つまり愛に根ざした社会:神の国)を作っていくためにしなければならない一番大切なことは、この「小さな声」に耳を傾けていくことだと強く感じています。そこに神様の光が溢れているからです。

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